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 3扉車続々。。。

この年も3扉車は大量5台も投入された・・・。この年からは3扉車に限り中扉、後扉は引戸となった。その影響で、車内も座席定員が1名増え、総定員は81名となっている。それと特記すべき点はこの3扉車の中で、座席を一部収納出来る車両が2台登場したという事である。立席定員を増やして、より多くの乗客を運ぼうという目的である。なので、座席を一部収納できる車は、収納できない車と比べて定員は3名増の84名となっている。ただ座席を収納しているシーンはあまり見たことが無い。。。しかも収納できる座席はシートが固く座り心地悪かったような・・・。それだったら東山田のいすゞ車みたいに完全に立ち席スペースにすれば良かったのだが。あとFFシフトのシフトノブ形状が変更され、車内側のサッシが全面的に黒塗装となった(’87年度投入車は、2連サッシの柱は銀サッシだった)。

 日野ロマンス車

そしてこの年は、1台のロマンス車が青葉台に新製投入される。前年投入車と同様の日野車で高出力エンジンを搭載。エアサス車で、リクライニングシートも装備していた。835と同様に一般路線でも使用されたが、’92年になって瀬田へ転出してしまう・・・。

 しかし’96年にミッドナイトアロー用として青葉台に復帰。暫くはミッドナイトアロー用として使用された。2001年に幕が交換されてからは一般路線でもたまに使用されるようになり、活躍の場が増えた。さらに晩年は桐蔭学園の契約輸送でもこの日野ロマンス車が使用された。

 唯一のU33

947が一時期青葉台から消えた’92年6月、新羽から1台の日産ディーゼル車が転属してきた。この車こそ、青葉台営業所では唯一の富士7Eボディーを持つ日産ディーゼル車 914号車であった。青葉台営業所唯一のP-U33Kは私も大好きな車両だったが、調子の悪い車両だったようで車庫で休むパターンも多かったようだ。そんな914号車も同じ日産ディーゼル車である567,568号車と共に’95年6月、弦巻へ転じた。

 またまた唯一

そして’97年、またまた見慣れない顔の車が1台、川崎からやってきた。ミッドナイトアロー用として転属してきたその車は、いすゞのロマンス車964号車であった。青葉台営業所では今のところ唯一のLV系である。高出力という武器を持って、ミッドナイトアロー用として活躍した他、2001年に幕が交換されてからは、一般路線でもたまに使用された。

 末路

こうして一時期7台にまで増えた、’88年度投入車に異変が起こったのは2001年12月のことである。まず941号車がBRCノンステップ車と入れ替わる形で廃車となり、942は虹ヶ丘へ転じた。さらに964号車も2002年8月のワンステップロマンス車投入で廃車となり、これで青葉台の’88年度投入車は4台にまで減った。残った4台も2003年8月、BRCワンステップ車の投入、及び87号車の青葉台転入に伴い全て廃車となった。

 ちなみに晩年は下馬で東急トランセ委託車となっていた914号車は2003年2月に廃車。虹が丘へ転出していた942号車も2003年6月に廃車となっており、これをもって青葉台営業所所属経験のある’88年度車は全て過去帳入りした。

 1988年度投入された車(最大7台)

 
社番 AO914
登録番号 横浜22か6466
形式 日デ P-U33K
車体 富士重工7E
写真 撮影しませんでした・・・orz
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 新羽 新製投入
1992年6月 青葉台 転属
1995年6月 弦巻 転属
1999年10月 下馬 転属&東急トランセ委託化
2000年6月 弦巻 転属
2001年12月 下馬 転属
2003年2月 下馬 廃車
このバスのプロフィール
東急バスでは異色となる転属回数を誇る車となった914号車。かなり調子の悪い車だったらしいが、15年近く各営業所で活躍した。


社番 AO940
登録番号 横浜22か6302
形式 日野 P-HT276BA
車体 日野車体工業
写真
1 2
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
2003年8月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
1987年に続き投入された、3扉車。3扉、高出力という武器を生かし、団地輸送で大活躍した。

※撮影データ
成合線充当中&入庫シーン
2枚とも、’03年1月11日 青葉台駅にて撮影


社番 AO941
登録番号 横浜22か6303
形式 日野 P-HT276BA
車体 日野車体工業
写真 撮影しませんでした・・・orz
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
2001年12月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
この車は2001年12月に、’88年度3扉車の中ではいち早く廃車。函館バスへ移籍した。


社番 AO942
登録番号 横浜22か6304
形式 日野 P-HT276BA
車体 日野車体工業
写真
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
2001年12月 虹が丘 転属
2003年6月 虹が丘 廃車
このバスのプロフィール
こちらの車は、BRCノンステップ車の投入に伴い、虹が丘へ転出。虹が丘では唯一の日野3扉車として活躍した。

※撮影データ
貴重な青葉台時代の写真。。。
’01年2月17日? 青葉台駅にて撮影


社番 AO943
登録番号 横浜22か6314
形式 日野 P-HT276BA
車体 日野車体工業
写真
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
2003年8月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
この車と944号車は、運転席側一部の座席が跳ね上げられるようになっていた。総定員増が狙いで、940〜942と比べ総定員では3名増となっている。

※撮影データ
夕日に向かって走れ!!!
2枚とも、’03年1月11日 青葉台駅にて撮影


社番 AO944
登録番号 横浜22か6315
形式 日野 P-HT276BA
車体 日野車体工業
写真
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
2003年8月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
この車も運転席側一部の座席が跳ね上げられるようになっていた車である。

※撮影データ
’01年4月? 青葉台駅にて撮影


社番 AO947
登録番号 横浜22か6345(新製〜92.6)
横浜22か8843(96.6〜03.8)
形式 日野 P-HU276BA
車体 日野車体工業
写真
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 青葉台 新製投入
1992年6月 瀬田 転属
1996年6月 青葉台 転属
2003年8月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
青葉台営業所では2台目となるロマンス車。一時期は瀬田に転じたが、’96年に青葉台に出戻ってからはミッドナイトアローで活躍。晩年は一般路線、桐蔭学園契約輸送でも活躍した。

※撮影データ
雨堤循環午後回り充当中。
’02年10月21日 青葉台駅にて撮影


社番 AO964
登録番号 横浜22か9177
形式 いすゞ P-LV218N
車体 富士重工5B
写真
1 2
3
このバスの年表
営業所 出来事
1988年 川崎 新製投入
1997年11月? 青葉台 転属
2002年8月 青葉台 廃車
このバスのプロフィール
こちらは青葉台営業所では異色のいすゞロマンス車。ミッドナイトアロー用として’97年に転入。晩年は一般路線でも活躍した。

※撮影データ
1.’01年2月21日 青葉台営業所にて許可を得て撮影
2.’01年5月22日 青葉台駅にて撮影
3.’02年7月3日 青葉台駅にて撮影